昨日のネットニュースで、元Slipknotのドラマー
ジョーイ・ジョーディソンさんが亡くなったことを知りました。
享年46歳でした。死因は明らかにされていません。
いやあ!!本当に残念です!!
私は長年Slipknotの大ファンでした!!
その証拠に、8年前にどうしてもSlipknotが生で見たくて、2013年幕張メッセのオズフェスの初日にライブ行きました!!
いやあ・・・あれから8年も経ったのですね・・・遠い目
当時の話題を思い出すと、ゴリゴリのハードロックフェスにも関わらず、ももクロがラインナップされていたことが、オファーをした側も受けた側もなかなかの批判がありました。
当日、ゴリゴリのハードロックファンに、バリバリのももクロファンが混ざった、一見カオス的状況だったのですが、そんなめちゃくちゃなアウェーの中で、ももクロは臆せずパフォーマンスを繰り広げ、途中で人間椅子っていうバンドのギターとのコラボがあり、ハードロックファンすら巻き込んで、大熱狂となった現場を目の当たりにしたことは、強烈な経験でした。
それから「マキシマムザホルモン」との出会いが、実はこの日初めてで、
2曲目が終わるときには心奪われていました。
で、ボーカルのダイスケはんがMCで、
「日本人アーティストの中で、うちらがトリだ!!」
って叫んだときに、ホルモンファンたちが大熱狂で騒いだ時に鳥肌が立ちました!!
正直当日、スリップノットよりめちゃくちゃいいライブしていて、その後大ファンになったきっかけのライブとなりました。
さて、スリップノット自体、オズフェス2013当時は、中心的メンバのベースのポールの死からメンバーがなかなか立ち直れない時期でのツアーで、ジョーイも足の負傷もあり、バンドの今後についても危ぶまれていた時期でした。
そんな中でスリップノットは来日、サポートメンバーのベースはステージに立たせてもらえず、いつもポールが立っていた場所には、ポールの衣装が飾られた状況下でのライブでした。
ある意味、初期メンバーだけでの日本における最後の最後のスリップノットのライブを、私は本当に幸運にも見に行くことができました。
ステージの幕の開く前に、セッティングしてる中、一発だけバスドラムが「ドン!!」って聞こえただけで、
「うおおおおおおおおお!!!」
って大歓声が上がったのは、今でも印象深く記憶に残っています。
それだけみんなジョーイのドラムが好きでした。
雑誌のインタビューとかでは、なかなか気難しいところを見せる小男でしたけど、ロックドラマーとしては最高峰に君臨するドラマーでした。
さて、数年後、ジョーイはメンバーから突然解雇されます。
その後、新メンバーを迎えての5枚目のアルバムが発売されますが、私はそれを聞いて、
「これはもはやスリップノットではない!!」
と、スリップノット自体の情報を追うこと自体を止めました。
やっぱり私にとってスリップノットはジョーイありきのスリップノットでした。
そんな私が一番好きなアルバムは3枚目です。
2曲目「The Blister Exists」は、今でもスリップノットの中で大好きな曲の1つです。
「2:23」からドラムとパーカッションのソロが始まります。
私はこれを最初に聞いた時、戦時中のB29のエンジン音のような爆撃音に聞こえました!!
いやあ!!いつ聞いてもカッコいい!!
こういうヘビーメタルって、強烈に歪ませたギターの音しか印象に残らないイメージありますが、スリップノットは打楽器隊の層が厚く、爆重低音を担うわけなので唯一無二のサウンドとなるわけです。
パーカッションが2人もいるので、ジョーイのドラムセッティングはどちらかというと音が軽めです。軽いのに重低音のギターやベース、あるいはすべての単語を濁点入れて発声するボーカルに、存在感としてまるで負けてません。
というか、これが私が長年魅了され続けてきたスリップノットのサウンドです!!
被り物という見た目は・・・まあプロジューサーの売り方の考え方次第だったのでしょうけどね。
上記の動画はPVなので、なかなかドラムは映りませんけど、ジョーイのドラミングの姿勢を見てほしいですね。本当に背筋が伸びて上半身がまるで動かない、ドラムのお手本的なスタイルです。
やっぱり今見ても、すごいドラマーです。
さて、スリップノットとジョーイの話をもう少し。
パーカッションの1人、ピエロのお面をかぶったクラウンはスリップノットのリーダーで、元々はドラマーです。
で、亡くなったベースのポールと、ドラムのジョーイ、この3人がスリップノットの創始者達です。
わかりますかね?リーダーはドラマーなんですよ。
ハードロックでガンガン音楽やっている若者からすれば、自分の得意なドラムでプロデビューしたいと思うに決まっているじゃないですか?!
しかし多分リーダーのクラウンはどこかでジョーイのドラムと出会い、間違いなく自分との格上を感じながら、それでも自分がパーカッションという立場になってでも、ジョーイを迎えてバンドをやりたいと考えたとしか思えません。
まあハードロックのメンバーの考えなんて、正直わからないです。やんちゃな奴らが多いですから。
ただ、雑誌のインタビューに答えていたジョーイの言葉が残っています。
ジョーイはギターも弾き、当時スリップノットのほとんどの作曲をしていました。
で、そんなジョーイが作曲で行き詰った時、唯一頼って的確なアドバイスを与えて、絶大な信頼を得ていたのがベースのポールだったと、そんな記事を読んだ記憶が私にはあります。
わかりますかね?
クラウンとジョーイとポール、このスリップノット創始者達の絆が強烈に深いということ。
つまり、ポールの死からスリップノットは変わり始めるしかありませんでした。
多分想像ですが、一番変化したのはジョーイで、その変化に他のメンバーが付いていけなくなったのではないかと。その結果、突然の解雇につながったのではないかと。
まあそれでもですね、そんなギリギリのライブを8年前に見ることができた私は、本当に幸せ者です!!
ジョーイさん、たくさんの夢と希望を本当にありがとう!!
安らかにおやすみください。
天国でポールとすげえ曲作って、俺が死んだときにまた幕張メッセ以上の場所でライブ見せてくださいね。
改めて合掌。
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